激動の人生を生きた。メキシコを代表する女性画家「フリーダ・カーロ」

みなさんは500ペソ札に描かれている女性をご存知ですか? この女性は世界の芸術家達を魅了した絵を描いたフリーダ・カーロです。彼女の人生は波乱万丈であり、そんな彼女の絵には孤独、痛み、苦しみ、夢、希望などが生々しく刻み込まれています。 そんなメキシコの画家フリーダ・カーロの激動の人生と、彼女の絵を見る事が出来る美術館の紹介をします。

出典 - http://sites.psu.edu/unspokenartists/2015/11/20/frida-kahlo-surrealism/ 

よくこの女性の顔が描かれたバッグや商品を見た事ある方はいませんか?

この女性こそ、メキシコを代表する女性画家「フリーダ・カーロ」です。

彼女は幼い頃からの難病、数々の問題を抱えながらも、その人生を力強く全うしました。

今回はそんなメキシコ人女性画家の「フリーダ・カーロ」について詳しく紹介します。

フリーダ・カーロの人生

フリーダ・カーロは、1907年7月6日にユダヤ系ドイツ人であり写真家でもあった父と、メキシコ先住民の血を引き継ぐ母の三女として生まれました。

フリーダの母は病弱であった事もあり、彼女は自身の日記に「母親の愛情をあまり感じられなかった」と記しています。

そして、彼女が6歳になった時に悲劇が起こります。

急性灰白髄炎にかかった事により、約9カ月もの間寝たきり生活になったのです。更に、病気の影響で足の成長が止まり痩せ細ってしまい、これはどんなにリハビリを重ねても治る事はありませんでした。

しかしフリーダは1922年に当時メキシコ国内最難関であった国立予科高等学校に入学します。そこで様々な人に出会い、彼女は国民社会主義的考えに熱中して文学に励みます。

ですが、1925年9月17日に彼女が通学に使用していたバスが路面電車と衝突し、多数の死傷者が出る大事故が起こりました。フリーダもその事故で鉄棒が体に突き刺さり、かなりの重症を負い、3ヶ月間病院のベッドの上での生活を余儀なくされました。

更に、この事故により彼女の生涯は後遺症で悩まされる事になります。

しかし、この3ヶ月のベッド生活の痛みと退屈さを紛らわせる為に彼女は本格的に絵を描き始めます。

そして1928年にやっと回復したフリーダは、知識人や芸術家の集うサークルに参加し、そこでメキシコ人画家、ディエゴ・リベラと出会います。

彼女の絵を見たディエゴ・リベラはすぐに彼女の才能に気づき、二人は行動を共にするようになりました。

1929年8月21日にフリーダは21歳年上のディエゴと結婚します。

フリーダは3回もの妊娠をしますが、事故の影響で3回とも流産しており、その事が彼女を不幸のどん底に落とし、この出来事は彼女の絵に大きな影響を与えました。

更に夫のディエゴがフリーダの妹と関係を持った事により、フリーダの絵は更に悲しみを増す物となっていきます。

そして1939年にディエゴとの離婚が成立し、彼女は様々な人と関係を持つのですが、1940年に事故の後遺症に悩まされ、入院見舞いに来たディエゴと再婚をします。

しかし、その年の終わり頃にフリーダの健康状態は更に悪化し、1951年以降は右足の痛みが鎮痛剤では耐えられなくなり、膝まで切断します。

切断をしてからフリーダはますます塞ぎこむようになり、彼女の日記には度々「自殺をしてしまいたい」といった言葉が残されています。

そして1954年7月13日に肺炎を患い、47歳という若さで死去しました。

彼女の絵は海外からの評価も非常に高く、あのピカソもフリーダの絵に熱中したと言われています。

そして更に2002年は映画化までされ、現在もメキシコだけではなく世界中の人から尊敬されている画家だと言えます。

夫であり、画家でもあったディエゴ・リベラは「彼女は女性特有の、あるいは女性に普遍的なテーマを、仮借のない率直さと冷徹な厳しさをもって描いた、美術史上最初の女性である」と評しました。

フリーダ・カーロ美術館

現在フリーダ・カーロの生家を美術館として開放しており、気軽に訪れる事が出来ます。

そこには彼女の様々な作品を見る事が出来るので、メキシコの有名女性画家フリーダ・カーロの作品を生で見てみて下さい。

開館時間:

火曜日 10:00 - 17:30 h.

水曜日 11:00 - 17:30 h.

木曜日~日曜日 10:00 - 17:30 h.

入場料:

平日 $ 130.00

週末 $ 150.00

住所:

Londres 247, Del Carmen, Coyoacán, 04100 Ciudad de México, CDMX

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