メキシコ海外転職で奔走する、若き営業マネージャー小林真奈

Encouter Japan企画営業部で営業マネージャーとして活躍する小林真奈。 海外転職のきっかけや奮闘するメキシコでの生活について、幼少期の思い出から現在に至るまで、人生観を語ってもらいました。

小さい頃から引っ込み思案でお兄ちゃんについていく子供でした

幼少期は人見知りで、どこにいくにも母や兄がいないといけない、引っ込み思案で臆病な子供でした。兄がしっかりしていたのでその反動だったと思います。何がきっかけだったかはわかりませんが小学校に入ってからは自然と活発になり、友達もできて、元気な子供だったと思います。

私の家族は父を筆頭に真面目な一家で、自分は家族の中では父、兄についでの真面目さではありますが、一般的にみて自分の家族の真面目さのレベルはとても高いと思います。(笑)小さい頃に、両親が仕事で夜家にいないことがあり、作り置きのご飯を用意してくれていたんですが、私はその準備や片付けなどを兄に任せっきりで、当然お兄ちゃんがやってくれるものだと思っていました。

大人になって兄にその話を聞くと、兄はそれをしっかりやらなきゃとプレッシャーを感じていたらしいです。両親や兄を頼って過ごすのが当たり前だった妹の性格から脱却したのは、自分もその真面目さを見習わないといけないと、どこかで感じたのかもしれません。

真面目な学生時代

中学校は地元の公立中学校に通っていました。勉強も部活もとにかく真面目に取り組む、父親譲りの真面目な性格で、テニス部では毎日真面目に部活に行くからという理由で部長に任命されました。元々誰かの後ろに着いて行く性格だったので、リーダーシップがなく、とても大変だったことを覚えています。

今思うと部長に任命されるなんてとても光栄なことだと思うのですが、当時の自分を振り返ると必死だったことを思い出します。部員に不満を言われ、顧問の先生には怒られて…

今では信頼されていたのかなと思えるのですが、当時はまだ中学生で、目の前のことに必死だったんだと思います。

勉強も真面目に取り組んでいたので、学年でトップクラスの成績でした。

何事も真面目にやるというのが小林家のモットーなので、それが当たり前だったんですが、今思うと、この真面目さこそが自分の強みなのだと思います。

子供の頃は普通の女の子らしい将来の夢を思っていました。食べることが今も昔も大好きでケーキ屋さんになりたいとか、モーニング娘。に入りたいとか。(笑)

結婚して専業主婦になるのかもとも思っていて、まさか海外、しかもメキシコにまで来て自分が営業をしているなんて想像もしていませんでした。

海外に興味を持ったきっかけ

公立の中学を卒業後、国立の進学校に入学しました。それまで地元の公立中学校では1番勉強ができたのですが、その高校に行くと自分より勉強ができる人がたくさんいて、自分は井の中の蛙だったことに気付かされました。

その学校は中高一貫の学校で、私は外部からの進学組だったので、すでに中学の時からのグループができている学校の中でまた人見知りを発揮し、友達作りにも苦戦しました。

そんな自分に劣等感を感じて、勉強も中学校の時ほど頑張れなくなってしまったんです。

毎日そんな自分が嫌で、はじめはとても憂鬱な高校生活でした。

海外に興味を持ったきっかけは、そんな高校生活が始まって1年が経とうとしていた3学期の終わりに、春休みの語学研修というプログラムに参加したことです。

正直、その時も英語に強い興味があったわけでもなく、海外にどうしても行きたかったわけではないのですが、苦戦した友達作りを経てやっと仲良くなった友人2人が参加するということで、その友達と離れたくないという一心で応募したものでした。

当時の私はそのくらい、自己肯定感が低く、コンプレックスが強かったんだと思います。

実際にそのプログラムで2週間を過ごしたオーストラリアで、新たな世界が見えた気がしました。いろんな人がいて多様性のある広い世界は、いい意味で自分をちっぽけに捉えさせてくれました。

この経験がなければ、今こうしてメキシコで、Encouter Japanで働いてはいなかったと思います。

当時高校1年生の私は、英語もほとんど話せませんでしたが、それでも拙い英語でコミュニケーションが取れることがとても嬉しくて、もっと英語が話せるようになりたいと思い、帰国後はそこで得たモチベーションを頼りに英語の勉強を頑張りました。

元々真面目な性格で、勉強に取り組むことが得意だったので、中高でしっかりと勉強したことは今でも役立っています。

関西の大学へ入学し、グローバルコミュニケーションを学ぶ

将来的に英語を使って仕事がしたいという思いから、英語で講義が行われる授業があり、留学が必修である同志社大学のグローバルコミュニケーション学部に進学しました。

高校でも英語の勉強は力を入れていましたが、入学した学部では帰国子女や留学経験者も多く、入学当時はプレゼンやディスカッションに追いつけない悔しさがあったのを覚えています。

その学部では2年時に提携先の大学に1年間留学ができ、私はまたそこでオーストラリアへ留学することを決断しました。

どうしても帰国子女や留学経験者に負けたくないという思いで、オーストラリア留学中も勉強を頑張りました。

勉強に打ち込む一方、留学中に出会ったコロンビア人の友人から、初めてラテンの文化や考え方を知り、真面目一徹な私に気楽な生き方・考え方を学ばせてくれました。

高校・大学では華やかな学生生活を謳歌するタイプとは違う自分に劣等感がありましたが、そのコロンビア人の友人のような陽気な人たちと出会って、心が救われたんです。

そこから、いろんな人がいて、そのうちの1人が自分で、お互いに尊重し合うことができるって素晴らしいことだと思い、多様性というものをすごく大事にしたいと考えています。

帰国後、就職活動について

留学から帰ってからは英語に自信がついていたので、大学卒業後も英語を使った仕事に就きたいと考えていました。京都の大学に通っていたので、旅館でバイトをしたりして、外国人のお客様と接するような経験をしました。

就職活動では英語を使える仕事という軸で就職先を探しました。新卒ですぐに海外に行くのは難しいと思ったので、まずは日本の会社で働こうと思ったのですが、日本の企業の普通の駐在員だと30代になってからしか難しいだろうと思い、将来的に結婚や出産もしたいと考えていたので、20代のうちに海外で働きたいと思っていました。

就職活動では、いわゆる大学生の「大手病」だったと思います。周りの友達が内定が出るとすごく焦ったりしました。

大阪の企業まで面接を受けに行って、帰りの通りすがりに閉店間際の蕎麦屋で晩御飯を食べていたら、お店の方が余ったいなり寿司をサービスしてくれて、その時とても気持ちが弱っていたので涙が出るほどでした。

実際こんな就活生の方はたくさんいるんだと思います。周りの人の前では淡々と強がってしまったりしても、内心みんな就活の時期って病んだり焦ったりして当然だったなと、今振り返ると思いますね。

結局いくつか内定をもらった企業の中から旅行代理店に入社しました。添乗でいろんな国に行けることが魅力でしたね。当時は大学生で特にやりたいことがなかったのですが、その頃はいつか何かが見つかるだろうと思っていました。いろんな国や場所へ行き、何かが見つかることを期待していましたが、今こうしてここで働いている中でも特に見つかってはいません。(笑)

やりたいことが職業になったり、それが夢になるということは必ずしもではないんだなと思っています。それよりも、実際に今生きている自分の充実感の方が重要な気がしています。

就職した旅行代理店の内定が出た時にはホッとしました。ただ、心のどこかで地元の広島に帰ろうかなという思いもあり、引き続き就活はしていました。その時は結果として関西で就職しましたが、今もいずれは広島に帰りたいと思っています。

今、思うこと

真面目な性格なので、日本で一般的、普通、とされる生き方を今まで真面目にこなしてきました。今思うと大学も急いで卒業する必要なかったし、もっとゆっくり世界を見ればよかったなと思います。

結果的には、大きな企業でもそこでしかできない経験ができたので、自分の選択に後悔はありませんが、就活の時も人と比べて焦って病んだりして、大手にこだわらなくてももっと色々選択肢があったんじゃないかなと思います。人の目を気にしすぎなくても良かったなと思います。今となってはですけどね。(笑)

日本での社会人生活

就職後、京都の支店に配属され、素敵な先輩にも恵まれ、とてもいい雰囲気の職場で働いていました。

私は法人向けの営業だったので、毎月営業目標を目指して営業するのですが、最初の頃はなかなかそれを達成できず辛かったです。営業をしていたら、強くなれそう!と考え営業職を選んだのですが、実際の営業の大変さをここで学びました。

一方で添乗で沖縄から北海道、海外まで行くことができて、とても嬉しかったです。

最も心に残っている仕事は、体の不自由な方や持病がある方に向けたツアーを組むプロジェクトがあり、人工透析をしている方々に向けた海外ツアーを担当したことです。

台湾や東欧のプランを組み、旅行の中で現地の病院で透析のスケジュールを組むというもので、なかなか旅行に行けないような方でも参加いただけるプランということで、非常にやりがいを感じていました。命に関わることなので、責任も大きく、ミスが許されないものだったので、無事に終えた時の達成感は忘れられないです。

コロナ禍での転職

そんな旅行代理店での法人営業を4年間勤めた後、2020年春にパンデミックが起き、観光業はどうにもこうにもいかない状況になりました。旅行のキャンセル処理の対応ばかりになり、週4で自宅待機になったんです。大きい会社にいたことで、ありがたいことにその状況でも給料も出ていたので、必然的に焦らずゆっくり自分のことを考える時間が出来ました。

新卒で社会人になる前からいずれは海外で働きたいと思っていたので、そこで思い至ったというよりは心の中でずっとタイミングを伺っていたと言えます。

そこからは海外転職について調べ、ベトナムやインドの会社を受けて内定をもらっていました。

既にベトナムの会社へ入社を決めていたのですが、代表の西側のセミナーを知り参加したことでEncouter Japanを知りました。事業の中で私の出身地である広島県呉市の味噌やお酒を取り扱っていることを知り縁を感じましたが、その時はインターンの募集しかなかったので、社員として働くことしか考えていなかったため、その時はEncouter Japanへの入社は諦めました。

しばらく経ってからも、やはりどこかで縁を感じたEncouter Japanへの挑戦が心残りになっていて、メキシコやラテン文化への憧れがだんだんと強くなっている自分がいました。その後Encounter Japanが社員を募集しているタイミングで面接を受けることができて、縁があり採用いただいたという流れとなります。

地元との繋がりと自分の憧れとする陽気な文化に、運命を感じたとしか言えません。

現在のメキシコ生活は?

とても楽しく充実しています。前半で語った内容の通り、普通にしておくだけで人より真面目な性格なので、この国にいると肩の力を抜いて生きられる気がします。

仕事については、最初は全くやったことのない仕事で、国も違い、早く色んなことを出来るようにならなきゃと思っていましたが、今はなんとかやっていけています。

日本にいたら今関わっているような大きなプロジェクトを任せてもらえることもなかったと思いますし、小さい会社だからこそ、メキシコだからこそ出来る大きな仕事を任せていただけていることが嬉しいです。

メキシコの治安面でも不安はもちろんありました。来たばかりの頃は、道を歩くのも怖くて、趣味のランニングも恐る恐るという感じでした。

今は慣れてきて、快適に生活しています。メキシコと日本を比べてしまうと本当に信じられないようないい加減なことがたくさん起こるのですが、それも含めて面白がっています。(笑)

実際に来て働いて生活してみると、最初は新鮮だったことも普通になってきて感動を忘れてしまうのですが、大学生の頃に自分が出来るようになりたかった英語を使った仕事・生活ができているということなので、率直に嬉しいですね。スペイン語はまだまだ勉強中で英語が話せる相手に対しては、つい英語で話をしてしまうのですが、メキシコにいる以上、スペイン語ももっと伸ばしていかなければと思っています。

メキシコで働くとは

メキシコ人とコミュニケーションをとりながら仕事を進めていく中で、早くやってよとかいい加減にしてと思うことは日常茶飯事です(笑)

そんな中で一緒に仕事をして、何かが形になる時はすごく嬉しいですね。

言語や文化の部分で分かり合えない部分は正直ありますが、自分がメキシコで働いている以上相手を尊重し、上手くコミュニケーションを取っていきたいです。

あとはインタビューの前半でお話しした学生時代のコンプレックスの部分で、日本にいるとどうしても自分がイケてないような気持ちになって、劣等感を感じてしまっていたんですが、メキシコにいて自分が日本人という外国人として働くことで、埋もれていないような気持ちになり、自然と自己肯定感が上がりました。

日本の友人とやりとりしていてもメキシコ!と驚かれるので、そこでも人とは違った選択をしていることに嬉しさを感じたりします。

昔の自分に何か伝えるとしたら?

インタビューされてみて気づきましたが、私は常に自分のコンプレックスをバネに生きているみたいですね。

経験してきたことがあっての今なので、ああすればよかったと思うようなことはないのですが、何でもやってみて、広い世界を見てみたらいいと思うよと言いたいです。

自分が輝けなかったり、そこにいるのが心地よくなければ、きっと自分が輝ける場所がどこかにあることを教えてあげたいです。

Encouter Japanってどんな会社?

熱い会社だと思います。みんな何か熱い気持ちを持って働いていて、辛いことも乗り越えようとしているなと感じます。

日々変化を感じるスピードも早くて、前の会社にいたままではきっと味わえなかった感覚だと思いますね。きっと前の会社で自分が何をしようとも、会社に変化をもたらすようなことはなかったと思うのですが、Encouter Japanに入ってから、会社がどんどん変化して大きくなっていくのを肌で感じることができて楽しいです。

そこに自分が貢献できると思うと一層嬉しいですし、何かしら自分がしたことが目にみえる環境にいるなと思います。

一緒に働く仲間を募集!

現在私が働く企画営業部では新たな日本人のメンバーを募集しています。

日本の安定した会社とは違った、ワイルドでアグレッシブな環境を一緒に成長させ、高め合える仲間を探しています。

まだまだ未完成の会社で、ないものを探せばキリがないのですが、それでも自分がここに来て戦ってみたい、挑戦してみたいという強い思いを持った、新しい風を吹かせてくれるような方と働きたいですね。

私もここに来て日本にいた頃と比べて何倍も強くなったと思うので、きっとここに来た人はみんな強くなっていくんだと思います。

正直、私も海外で働きたいと思う気持ちが膨らんだり萎んだりを繰り返し、時間がかかりましたが、メキシコに辿り着きました。

来る前は色んな不安が大きくて、とても大層なことに挑戦するような気持ちで、なかなか踏み出せないと思うのですが、来てしまったら意外と全部なんとかなるし、そんなに難しくもなかったなと思います。

自分にはできないと思っている読者さんこそ、数年前の私自身だと思うので、興味があればぜひご連絡いただければと思います。

最初からメキシコに永住する!という覚悟や強い気持ちは必要なくて、ダメだったら日本に帰ればいいやくらいの気持ちで来てみたら、なーんだ意外と難しくないなと思えると思います。

仕事のことだけではなく、生活のことまで助け合える温かい仲間がいる職場です。

多様性を大事にしているので、色んなタイプの人と出会い、一緒に戦っていけたら嬉しいです。

求人情報【企画営業部・営業 / プロジェクトマネジメント担当】1名

■勤務地

・メキシコシティ

■職務内容:

・コンサルティング事業・人材紹介事業(顧客とのコミュニケーション、メキシコ人チームへの指示、レポート作成業務等)

・ウェブメディアの運営 (ライターとのコミュニケーション、編集、方針の策定)

■必要とされるスキル・資格

・英語またはスペイン語(日常会話以上)

・Excel、Word、PowerPointなどの使用経験

・社会人経験3年以上

・社内外でのコミュニケーション能力

■歓されるスキル・資格

・運転免許

・営業経験

・留学・海外在住経験

・観光業界での経験

■求める人物像

・向上心、成長意欲のある

・責任感を持って業務に取り組める

・自分で考える力がある

・丁寧に仕事に取り組む

▼給与

・月額(グロス):18,000 Mexico peso~

※経験を考慮し要相談(勤務状況により昇給あり)

・試用期間あり(半年間の研修。能力により判断致します)

・雇用形態 正社員

ここまで読んで頂いて、EncounterJapanの企画・営業部で一緒に働くことに興味がある、話を聞いてみたいという方は下記のメールアドレスに是非ご連絡ください。

info@encounter-japan.com

1/1
お気に入り

特集

amigaピックアップ