【インタビュー】挑戦し続ける料理人、浅井康雄の歩みと人生の教訓。

メキシコシティ・ポランコで日本人、メキシコ人にも大人気の懐石料理屋「Asai Kaiseki」。今回はこちらのお店のオーナーである浅井康夫さんにインタビューさせて頂きました。Hyatt Regencyの日本食レストランで長年キャリアを積んだのち、メキシコで独立を果たした浅井さんの料理人としての人生に迫ります!

ザリガニの甘辛煮が料理の道の原点

私は愛知県あま市という名古屋市郊外の街で生まれ育ちました。田舎で育った私が料理に興味を持ったのは、ザリガニ釣りがきっかけでした。小学校低学年のころ近所で釣ったザリガニを友達と一緒に持ち帰り食べてみようと、親が留守の時に自分が調理しました。当然料理の知識など何もなかったため、釣ったザリガニと醤油、砂糖など適当に鍋に放り込み、生まれて初めて火を使い、ザリガニを煮ました。到底料理と呼べるものではありませんでしたが、火を入れるとこうなる、醤油を使うとこうなる、料理するとこうなるのか、とその体験は強く心に残るものでした。以来、料理の道は漠然と意識していたと思います。両親に中学校を卒業後は料理の道に進みたいと言いましたが、当時料理人は下級の職業とみなされていたため一蹴され終わり。それ以降料理の言葉は口に出した事はありませんでした。やりたい事が分からないまま高校を卒業し大学受験をするも全ての大学に落ち、親の推薦で料理とは関係のない職業に就きました。

人生観が変わった初めての海外旅行

私の父親は公務員で、毎日同じ時間に出勤、帰宅し、淡々と毎日を過ごす父親の姿を見て私は育ちました。いつしか父親のような型にはまった人生は嫌だと考えるようになっていました。20歳の時に1人で海外旅行に行くことを決め、初めての海外旅行で向かったのは、これも幼い時から決めていたエジプトでした。それは期待を裏切らず素晴らしい旅でした。何千年もの歴史がある巨大なピラミッドを目の前にして、自分が生きている世界がいかに小さいかを実感しました。「このまま限られた世界で一生を過ごすわけにはいかない。」と、それまで親のレールに乗っていた私の人生観は、エジプト旅行をきっかけに大きく変わったのです。

ニューヨーク、中南米を渡り歩いた下積み時代

その後このまま日本にとどまっているわけにはいかないと考えた私は、両親の反対を押し切り半年で帰るからと、23歳の時世界の中心都市アメリカ・ニューヨークに行けば、そこには何かがあると信じ、だだそれだけの理由で日本を発ちました。そこで日本食レストランの門戸を叩き、その厨房で働き始めます。厨房の中は私以外のほとんどがメキシコ人でした。今思えば一番最初に接した外人は何の因果かメキシコ人でした。天ぷら盛り合わせにはエビが3本入るんだとか教えてもらったり、ライブに行ったり、よく一緒に遊びました。

日本を出た時点で何かを得るまでは日本には帰らないと決めていた私は、半年では帰るわけもなく、結果3年半もの間ニューヨークで過ごしました。その間は日本食レストランのキッチンスタッフとして働いていましたが、海外に行くことだけが目標だった私は次の目標が見つからず、「このままニューヨークにいてどうすればいいのだろう?」と楽しい毎日でしたが葛藤を繰り返す日々でもありました。そんな時ニューヨークの新聞にチリの日本食レストランでシェフの求人募集を見かけ、将来を見出せなかった私は思い切ってニューヨークに別れを告げ、新たな新天地・南米チリへ向かいました。

人生で1度目のチャンス

そしてチリの日本食レストランでシェフを務めて1年ほど経った頃、大手ホテルチェーンであるHyattから現地採用の話が舞い込みました。街の小さな日本食レストランではなく大手高級ホテルの日本食レストランで働くということはまたとないチャンス。この話が舞い降りた瞬間は、何か大きなものがやってくる地響きが聞こえるような感覚になったことを今でも覚えています。チャンスをチャンスだと思えることはなかなかありません。絶対逃してはいけないと思いました。面接前夜は緊張で眠れぬ夜を過ごしましたが採用が決まり、ここからHyattでの私の挑戦が始まりました。人生でチャンスは3度あると言いますが、これが私にとって1度目のビッグチャンスだったのだと思います。滅茶苦茶頑張りました。

チリのHyattでは日本人料理長のアシスタントシェフを3年務め、その後30歳で料理長に昇進、一年経ったところでブラジル・サンパウロでHyatt新設の話が持ち上がりました。日本食レストランもホテル内に併設されるという話で、私は直談判でサンパウロへの異動を申し出ました。次の挑戦は立ち上げという段階から自分が指揮を執ってレストランを作り上げる。その経験を得ることはキャリアアップの為にもまたとないチャンス。やれる自信は半分でしたが、情熱で押し切りました。そしてサンパウロに異動後4年間料理長を務めました。

ブラジルは移民の国で日系人も多いため、現地人と同等の扱いをされることがとても居心地良く感じました。ブラジルの過ごしやすさが気に入った私は、そのままブラジルでの独立を試みましたが、物件トラブルで開業は諦めざるを得なくなりました。ブラジルに若干呆れた私は、ちょうど日本の友人から仕事の話があると言われ、約13年振りに1度日本に帰ることになります。

辛かった日本での経験

日本に帰った私は広島、静岡の和食レストランを渡り歩きました。海外での経験しかなかった私にとって、帰国した当時が一番苦労した時期でもあります。それまで日本食に関わっていたとはいえ、経験があったのは海外でのみ。本場日本の本物の技術に触れたことはほとんどなかったのです。当然知らないことも沢山あり日本食のプロとして認めてもらえず、そんな時に恥を忍んで周りに聞くのは精神的にとても辛い事でした。最終的に東京のオークラ系のホテルのレストランで働き始め、日本食について多くを学びました。当時は苦しかった日本での経験は、今では大きな自信に繋がっています。

その後、再びHyattから声がかかり、次の新天地としてメキシコシティ・ポランコに行くことになります。

Hyattでのキャリアの限界と、新たな挑戦

メキシコシティのHyattでも当地で長年の歴史を持つ日航ホテルからHyattへ会社が変わるという困難極まる転換期を経験した上4年間料理長を務めました。その後再び転勤の話などありましたが全て断りました。上り詰めてやると思っていましたが、日本食専門でやってきた私にはホテル組織の中ではやはりリミットがあり、組織の中で目指すべく目標がなくなった私は退職を願い出ました。10年以上に渡るホテル経験では、およそレストラン営業に関わる全てのことを学びました。コンセプト作り、チーム作り、VIP対応、リーダーシップ、ホスピタリティ、コスト計算、語学、衛生、等々感謝しかありません。

しかし、次なる挑戦としてメキシコでの独立を決意し、今までの経験の集大成として立ち上げたのがAsai Kaisekiです。

私は自分のキャパシティを超える挑戦をし続けてきましたが、こうして今料理人としての人生を振り返ってみると、それらの大きな挑戦はすべてチャンスに巡り合うためだったのだと思います。チリでHyattから現地採用の話が来た時が最初のチャンス。それを掴めたのはニューヨークから南米に渡り、新たな地を開拓するという挑戦があったからです。そしてチャンスを掴んで経た経験が、今の私の自信に繋がっているのです。

そしてビジネスに適したこの地で、今度は自分の創造力を活かしたメキシコで唯一の懐石料理店を作るという新たな挑戦に挑んでいます。メキシコ在住の日本人の方々に懐石料理を食べて頂きたいのはもちろんですが、今ではお客様の7割はメキシコ人の方です。そんな、日本食に興味のあるメキシコ人の方や他国からの観光客の方に、懐石料理とはどんなものなのかを知ってもらい、「メキシコシティで日本食といえばAsai Kaiseki」と言われるような確固たるものにしていきたいと思っています。そのためにはただの懐石料理屋ではなく、オリジナリティ溢れるものでなくてはいけない、ここに来なければ体験できないという店にしたいと思っています。メキシコ特有の食材を取り入れたり、タラベラ焼きに盛り付ける等、休日に街を歩いている時も常に新しいものを探しています。

(解説)Asai Kaisekiでは器がすべてメキシコの焼き物統一され、この「懐石料理×メキシコの焼物」という意外な組み合わせは浅井さん独自のものです。独特な形・色・デザインを持つメキシコの器をも、浅井さんは絶妙な美的センスを以って懐石料理と見事にマッチした一皿を創り出します。

(解説)店の内装にもこだわっており、特にカウンターはメキシコでは珍しい1枚板で作られたものです。味のある色・形のカウンターに座るだけで贅沢な空間を味わうことができます。

1つの軸を持つということ

私が生きていくうえで大切にしていることは、なにか1つプロフェッショナルを持つことです。1つの軸を決めてそれを極める。何処に行くかではなく何をするかです。私は料理という軸を持ち、場所は変わりながらもやることは変えませんでした。そして挑戦を重ねてきました。

今までの人生で私には1度チリで大きなチャンスがやってきましたが、地響きが聞こえるほどの大きなチャンスはそれ以来訪れていません。人生にチャンスが3度あるとすれば、私にはあと2回チャンスが残っています。そのチャンスに巡り合うためにも、私は今後も新しい挑戦に挑み続けます。

店舗情報

Asai Kaiseki

住所:Emilio Castelar #149 Polanco Chapultepec CDMX

営業時間:

月-金 11:30~22:00

土   13:00~22:00

日   定休日

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