【インタビュー】メキシコの食卓で「AJINOMOTO」が当たり前になるまで 姫岡健

日本人なら誰でも知っているうま味調味料「味の素」。しかしここメキシコではまだまだ認知度は高くなく、メキシコの人に「AJINOMOTO」と言っても知らないことも多々。そんなメキシコで多くの人々に認知されるように日々挑戦するのが、AJINOMOTOメキシコの姫岡健(たけし)社長です。「海外で働きたい!」という学生時代からの想いから就職以来、キャリアの大半を海外で過ごしてきた姫岡さんの人生に迫ります!

海外への想いが生まれた小学生の頃のある日

私は現在56歳、昭和37年に大阪に生まれ育ちました。幼少期はとにかくやんちゃで落ち着き付きの無い少年でしたね。もっぱら勉強というものには興味が無く、放課後によく空き地で友達と野球をしていたのを覚えています。よく怪我して帰ったことを覚えていますね(笑)小学5年生のある日、3歳年上のいとこのお姉さんに聴かせてもらったBEATLES(ビートルズ)の音楽に衝撃を受けたました。すぐに彼らの曲が好きになり、「英語を勉強したい!」と思いました。同時に海外への憧れを抱き始めたことを覚えています。中学の頃には、海外へ行きたいという想いは次第に強くなっていき、高校生の頃には教会の神父さんのもとに週に1回くらい通って、外国人と英語を話す機会を作っていました。どういった経緯で知り合ったのかは忘れてしましましたが、当時それだけ英語を話したいという想いが強かったのでしょうね(笑)なので高校卒業後、上智大学の外国語学部に進学するという選択は当然のことでしたね。

念願の初海外、ブラジル留学へ

大学では、他の言語も学んでみたいと思いポルトガル語学科に入りました。そして大学4年、当時1984年、念願の初海外でブラジル・ポルトアレグレに交換留学に行きました。それまで両親から海外に行くことに対して、「まだ若いから」と反対されてましたが、最後は頑固な私に両親も諦めてましたね。実は高校生の時にも親に「アメリカに留学したい」と言っていたんですけどね。それは流石に許してもらえませんでした。

ブラジルに来るとすぐにブラジルが好きになりました。元々、特段ブラジルという国に対して「サンバが好き」とか「サッカーが好き」とかいった理由はありませんでしたが、人がオープンなところにブラジルの魅力を強く感じました。そして「ブラジルで働ける」ところに就職したいと思うようになり、就職活動前には海外で働けるイメージの強かった総合商社に入ろうという意識しかありませんでした。なので就職活動は「いち早くブラジルで働ける会社、ブラジルに法人のある会社」という軸で選んでいましたね。しかし、いざOB訪問や先輩の話を聞く中で、当時「商社冬の時代」と言われ、またどうやらすぐにブラジルに行けそうにないことが分かったんです。それを聞くうちに急に商社への熱が冷めちゃったんですよ。結局最後まで「ブラジルで働きたい」という軸をぶらさずに選んだのが、今の「AJINOMOTO」への道でした。

想いとは裏腹に突き付けられた現実

「すぐにでもブラジルで働きたい!」と人事担当者にも伝えていましたが、その想いとは裏腹に入社から4年間は山口県で国内営業をしていました。私の理想像とかけ離れた当時の仕事は、やっぱり毎日辞めることしか考えてなかったかな。「なんでおれは山口で仕事してんだろ」みたいな(笑) 今振り返ると当時の経験が一番役にたったと思います。やっぱり現場を知らないといけないし、自社の商品の売り方の基本なんかも教えてもらいましたし、当時の経験が無かったら、今の自分は無いんじゃないかな。そういった基本的なことは海外に行っても同じですからね。だから、あの4年間は全く無駄ではありませんでした。

海外勤務が始まった7年目

その後、2年間本社で勤務し、ようやく7年目にして念願のブラジル(サンパウロ)に戻ることになりました。ブラジルでの5年間は本当に充実していましたね。当時は販売責任者をやっていましたが毎年売上も伸びましたし、娘も生まれて公私で充実していました。ブラジルという社会は非常にオープンで居心地が良かったし、家族でたくさん旅行に行ったことも覚えています。そのあとペルーに転勤になり、そこでは新製品の開発と新事業の立ち上げを行いました。現在でもその2つの事業はかなり大きくなっているので、すごくやりがいを感じていました。

更地から会社を創った、バングラデッシュでの苦難の日々

今までで一番大変だったのはバングラデッシュ事業の立ち上げです。要は雑草が生い茂った更地に、会社を創るということですよ。これまで私は会社を創るなんて経験は当然ありませんでしたから、すべてが手探りでしたね。その中でも特に苦労したのは、行政との関わりでした。バングラデッシュは当時、まだ規則やライセンスもあってないようなものでしたので、担当者が変わるたびに言われることが変わることが日常でしたね。中々事業が前に進まなかったので当初2年間くらいは相当苦労しました。現在、バングラデッシュの本社兼工場は、本当に何もない状態から担当してました。

2015年ここメキシコへ

そして2016年7月、バングラデッシュの次に日本を経由せずにメキシコに来ました。メキシコにはもともと興味があったんです。ただここメキシコも大変ですね(笑)やっぱりメキシコ人の国民性が、とっても時間にルーズだし、仕事に対する責任感もまだ足りないと思いますね。私がメキシコに来た当時、AJINOMOTOの他の海外法人と比べてであるという意識が非常に低かったんです。なので、まず社内ルールから弊社のビジョン、ミッションの教育など基本的なところから始めました。私がメキシコに来た当時、AJINOMOTOの他の海外法人と比べても規模が小さいし、社員一人一人がAJINOMOTOグループの一員であるという意識が非常に低かったんです。なので、まず社内ルールから弊社のビジョン、ミッションの教育など基本的なところから始めました。

一方でメキシコ法人はまだまだ大きくできると思っていますよ。というのもメキシコの外食市場、一般向け市場に大きな潜在性を感じているからです。メキシコには1億2000人もの人口がいて、GDPもざっくり言って10,000ドルあるわけですから、市場としてかなり大きいわけですよ。なので、もっとメキシコの方々にとって「AJI-NO-MOTO」や「HONDASHI」といった商品が当たり前になるということが今現在目下最大の目標です。また、弊社の主力商品である冷凍食品や即席スープなどの一般消費者向けの商品につきましてはメキシコ国内で全く展開していない状態ですから、こういった商品でも売り上げを伸ばすチャンスはあると思っています。

メキシコの好きなところ

少し仕事の話からはそれますが、メキシコの好きなところはメキシコ人の人柄ですね。陽気で明るいですし。特に立派だなと感じるのは、家族想いなところですね。週末は家族で集まったりとか、今の日本では失われつつあるところなので私たちも学ぶべき点ですよね。

メキシコの気候も本当に過ごし易いです。夏でもカラッとしていて極度に熱くなく、冬も凍えるほど寒くなるわけではありませんので、メキシコシティという点で言いますと本当に良いですよね。

あと、食べ物は「チレ・ノガーダ」という、独立記念日の前後に食べられる料理があるんですけど、これが一番気に入っていますね。ピーマンに具を詰めてホワイトソースをかけ、赤い実を散りばめる料理です。ポソレなどのスープも大好きです。

お気に入りの場所は「カンクン」ですね。定番かもしれませんが本当に海が綺麗なんです。リゾート地としてとても発展していて、以前2泊3日で旅行に行ったのですが、ここ十数年で一番というくらいリラックス出来ましたね。まだ行ったことない方には是非お勧めします!

今後の目標

AJINOMOTOグループにおいてラテンアメリカの中では、ブラジル法人が群を抜いて大きく、次いで50年Hの歴史を持つペルー法人といった状況です。しかし、その下は大きく差が開いて、コロンビア、エクアドル、メキシコなどが続く状況です。ただ、先ほども述べましたが市場規模を考えると、やっぱりブラジル、ペルーに次ぐ存在にメキシコはならなければいけないし、なれると思うんですね。短期的には難しいかもしれませんがそういう地位を築くための、「ベースを創る」のが私の今の目標です。

最後にメキシコに興味を持つ日本人へメッセージ

メキシコには私も知らない面白いところが沢山あります。文化も面白いですし、歴史、遺跡、自然なんかも豊富にあります。現代ではインターネットで調べたり、テレビで見たり出来るわけですけども、やっぱり「百聞は一見に如かず」で、実際に来てみて肌で感じるものって全然違うと思うんですよ。だからメキシコに興味がある人は、まず来てみる!これが大事だと思います。航空会社の回し者ではありませんが、日本からの直行便もありますからね(笑)

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著者情報

紹介文: amiga編集部です。メキシコに関心のある皆さまに「安心」と「ワクワク」を届けるメディアとして、毎日メキシコ情報を発信していきます。

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