今年の7月25日から8月7日まで、メキシコのティファナで行われる、Casa Futuro Lab.主催の「クロスボーダー・エクスプレス・ワークショップ」。このワークショップ、事業創出ラボの第一歩として、様々な分野からメキシコで事業を起こそうとするチャレンジャーが集まり、実際に事業開発を行います。
参加者インタビュー第1弾は、Casa Futuro Lab.を代表するトレーラーハウスプロジェクトを率いる、建築家の山雄和真さんにお話を伺いました。「空間」を重んじる建築にこだわりを持つ山雄さんは、これまでの数々の建築賞を受賞され、インドネシアでの都市計画プロジェクトなどでも実績を残されています。
そんな山雄さんが、今回のプロジェクトで「メキシコの暮らしの未来」にかける熱い思いを話してくださいました。
Casa Futuro Laboプロジェクトを行う笠原さんと出会うまで
*会話形式になります。
——建築に憧れたきっかけはありましたか。
なんとなく、建物とか間取りとか立体物を作るのが好きだったんですけど、高校生で進路を選ぶとき、建築は一番自由度が高くて、お勉強的なのが通用しなさそうで面白そうと思って決めました。その頃、伊勢神宮の式年遷宮の航空写真を見て、人間のやることってすごいなと思ったんです。
——これが1300年も続いているんですから、驚きですよね。京都大学の建築学科を出られた後も、ゼネコンや大手事務所ではなく設計事務所に入ったのは、自由な環境を求めてだったのでしょうか。
うーん、そもそも、建物と建築は別物と言われています。建物が建築になるには、空間のエッセンスがなければいけません。大手の組織は建物を作っているので、自分のやっている仕事とはまったく違うものだと思っていました。
——山雄さんにとっては、「空間のエッセンス」が鍵なんですね。これまで印象深かった建築などはありますか。
仕事をする上で大事にしていることです。写真で建築を見て、いいかもと思ったら実際に見に行くんですけど、実物を見てもやっぱりいいな、というものに1年に1回くらい、「いい空間」のあるものに出会える時がある。その時は幸せですね。いい映画や音楽に、たまたま出会えたというようなのと同じ感覚です。もちろん好みもありますけども。
——このプロジェクトに関わる前は、どんなことをされていたのでしょうか。
2013年に始動した、原研哉氏が率いる「ハウスビジョン」というプロジェクトに関わっていました。これは「暮らしの未来」がテーマ。車、センサー、テクノロジー、家具など、すべての産業は、家を媒介に繋がっているのでは。という原氏の仮説をもとに、暮らしの未来を考える研究会を開いていました。自分はインドネシアの都市研究をやっていたんです。
——「暮らしの未来」というのは、トレーラーハウスにも深く関わるテーマですね。笠原さんとはどういう経緯でお知り合いに?
昨年、当時のインドネシアのプロジェクトのパートナーの方から「メキシコに1ヶ月くらい行ってくれる人を探している人がいる」という話を聞いて、笠原さんにお会いし、その夏にパンアメリカ大学で開かれたサマークラスの講師としてメキシコに行きました。その間2人で色んな話をするうちに、従業員向けの安価なトレーラーハウスを使ったプロジェクトをやりたいから、建築サイドのディレクターをやってもらえないか、というお話をいただきました。
——OKを出されたのは、どうしてですか。
笠原さんは情熱家で、デザインや建築で社会を変えられる、と期待している姿勢に、一緒に仕事がしたいと思いました。面白くて幸せなことができる予感がしました。
トレーラーハウスプロジェクトとは
——今年の夏のワークショップでは、どんなことをされるのでしょうか。
ひとまず形にしようということで、工場の周りにトレーラーを使ったパブリックスペースを作ることです。実際にトレーラー×パブリックスペースの模型を展示・プレゼンして、向こうの人々の反応を見てみます。
そしてそれとは別に、そのパブリックスペースの実現に向けてメキシコの建設業者と話を進めないといけません。
——パブリックスペースのプロジェクトは、具体的にはどのような計画ですか。
ティファナ空港から近い工業地帯の一角に、笠原さんの経営するKBフォームの工場があるのですが、この辺りは貧しい労働者がたむろしていて治安が悪いイメージがあります。そこで、今回のプロジェクトで「産業の最先端は工場にあるんだ」というメッセージを発信し、先進的でポシティブなイメージに変える狙いがあります。
(模型と図面を持ってきてくださる)
工場の敷地に面している第5南通り(cinco sur)との間にはフェンスがあって、通りから見ると工場を見下ろす感じで高低差があるんですが、一部フェンスを取り払い、通りと工場を繋ぐ広くて大きな階段を作ります。外の人が工場の敷地内に入ってこられるようになります。
階段は人が座れて劇場風の空間ができるので、人が集まりやすくてパブリックスペースには最適。工場の1階は食堂なので、その外のテラスにも人が集まれる形です。
——素敵ですね!晴れた日はここでご飯を食べたりもできますね。
そう、入り口部分に、レストランとかタコス屋とか、人が入りやすくなるようなトレーラー2台、階段を降りた下の広場の部分に、スペイン語学校とかDIY(日曜大工)の講習を開くトレーラーを2台置く感じになります。
——(…スペイン語?)
そう、メキシコ人の労働者って、スペイン語話せるけど、読み書きができないことがあるんです。
——なるほど…
もちろん、そんな彼らにとって「かっこいいだろ」と誇りに思ってもらえるような場所を作りたいと思っています。
——このパブリックスペースで、「メキシコらしさ」を出すことは意識されていますか。
それがメキシコらしさなのか、ティファナらしさなのか、KBフォームらしさなのかわからないけれど、そこの人たちの使い方によって、結果的に「らしさ」がでるように作れればいいなというのは考えてやっています。
——それは計算しながらわかってくるものなのでしょうか?
例えば今、日差しと雨をしのぐために屋根を作る話が出ていて、いろんな形の模型を作っています。その中で、これってメキシコっぽくないね、という話が出てきて、必然的にメキシコらしいエッセンスが残るものなんです。しかも形にしてみないと実際にイイ!と感じるかはわからないんですよ。
——では実際にやってみたけどボツになることもあるんですか?
ボツが多いほどいいプロジェクトです。アイディアはパッとできますから、どれだけ多くのアイデアを試すかはその人のやる気次第ですね。
——ちなみに、従業員向けのトレーラーハウスについては、中のデザインも山雄さんが関わっておられるんですか?
それについては、私はその家の所有者がDIYをしてデザインしていく方が、我々のコンセプトにつながるんじゃないか思うんです。
身の回りのことを自分でやれるようになると、人は自立するし、工夫することでもっと安くコンパクトに住める。ちょっとスキルがあれば、ものって作れちゃうんですよ。例えばこの机も、(事務所の木製の大きな机)ここのスタッフが作った。彼女はデザイナーでプロだけど、うちでさえ安く済むそうな工夫をしていますから。物質主義が溢れている今の世の中には「自分で工夫する」というのは大切な考え方です。
——貧しくても、周りにあるもので尊厳のある生活ができるようなモデルを、お作りになっているということですね。実際にそういうDIYをやるときのスキルって、どの程度のレベルが必要なんでしょうか。
それを、トレーラーハウスの講習で学べる、ということです笑
——なるほど、全部繋がっているんですね。職場環境を整えることで、働いている人は喜ぶしそうやってスキルも身につく。会社にも先進的なイメージがつく。googleとか西海岸のIT企業がやっているみたいなことを、メキシコでも治安が悪いと言われているティファナでやるって、すごいことですよね。
メキシコだからどう、というのはないですよ。ティファナは気候的には西海岸と全く同じで、晴れていてカラッとしているから、オープンな場所というのはむしろ適しています。
しかし一番難しいのはセキュリティです。メキシコではやはり、みんなが部外者を信頼していないので、このパブリックスペースの安全性を確保していくのが課題です。外部の人が、直接工場に入らないようにする仕組みももちろんいります。