こだわりの日本食、お酒を提供する松本 武也の『職人としての矜持』

メキシコシティで居酒屋KURAを営む松本武也さん。メキシコで日本食を営むまでの経緯、職人としてのこだわり、今後の展望をお伺いしました。

料理人としての道を進む中で出会ったメキシコという新天地

——料理人になられたのは、どういったきっかけだったのでしょうか。

料理は昔から好きでしたが、職業にしようとかは全く思っていなかったんです。でも他にどうしてもなりたいものも特になく、大学も1ヶ月でやめてしまって。そんなとき、当時働いていたバーでホテルの紹介をいただいて、料理人として就職しました。3年いたあとは、レストランを転々とし、日本で自分の店を開業するに至りました。

——もともと、自分で店をやることには興味がおありだったのでしょうか?

料理の職場は本当に体育会系なんですよ。その当時は包丁で腕を刺されたり、ということもあったりで、そのような環境に疲弊していた時があって。それで自分で店を開くことにしたんです。

——そんな中、なぜメキシコにいらしたんですか?

友人のお母さんのご友人に、メキシコに出店するのを手伝って欲しいと言われました。当時自分の店もかなり繁盛していて、2軒目の物件を契約するところだったので、お断りするつもりだったのですが、奥さんに言ったら「行きたい!」と、家族に言ったら「それは行くべきだね。」と言われまして…日本の景気も下がりつつあった2008年頃、外に出る挑戦してみることにしました。あとはカンクンに行ったことがあり、メキシコに漠然とおもしろそうなイメージを抱いていたこともあるかもしれません。わりと軽い気持ちで、1年間行ってみよう、という感じでした。

日本人として、日本食をメキシコに伝える決意

——メキシコの印象は、どのような感じでしたか?

最初の3ヶ月くらいは、言語の壁と文化の違いに参ってしまっていましたね。さらに、メキシコの日本食のレベルの向上に貢献したいという思いが募っていきました。メキシコシティーの日本食の味が落ちるのは「高度」のせいで沸点が変わってしまうためなんですが、ボソボソのお米を出しているようなお店もあることが、非常にショックでした。1年のつもりでしたが、メキシコ人は親切ですし、気候もよくて、そのうちに9年が経っていました。いまでも日本食のクオリティーについて、問題意識は持ち続けています。

——「Kura」はどのようなお店ですか?

看板メニューのお寿司と、60種類ある日本酒が味わえるお店です。実は、メキシコの海産物って結構いいのがあって、今一番力を入れているのが、メキシコ産のマグロです。以前よりかなり改良されて美味しくなって、最近日本でも評価されるようになってきているんです。せっかくメキシコにいるからぜひそのマグロを使いたいということで、エンセナーダの業者さんのマグロを使っています。お店にマグロが着いてからの寝かせ方にもこだわりがあるんです。

——え、寝かせるんですか?

マグロって、海からあげるときに暴れて乳酸が出るので、〆てすぐあとはちょっとすっぱいんです。あと、とれたては身が硬すぎたりするので、届いて3日寝かせてからお出ししています。この寝かせ方も、ベストの状態でご提供できるようなやり方でやっています。

常に「食」について探求する飽くなき姿勢

——食べたくなりますね…美味しいマグロ以外の、松本さんにとってのメキシコの魅力はなんでしょうか。

うーん、最近食材のことで頭がいっぱいなんです…

——職人ですね。

メキシコは広いので、面白い食材がいっぱいあるんですよ。牡蠣とかマグロとかアワビとか、いいのがたくさんありますし、雨季に入るとおいしいキノコが採れるようになります。僕にとってはそれがすごく魅力的で、もっと知りたいと毎日そればっかりです。

——ワンピースのサンジ状態ですね!

…わかんないです笑 小さい時から俗世界に疎くて、ドリフとかもわからないんですよ笑 小学校の時は野球ばっかりで、それからも興味があることにしか気持ちも目も向かないんですよね。関心のあることにはどんどんのめり込むんですが…おかしな人間かもしれません。

——きっとイチローとかカズとか、超ストイックなスポーツ選手みたいな気質なんですね。

自分の気になったことはそれだけやっていきたいというのがありますね。あとはお酒飲むのが好きですが、それもお店でやっていますし。

頭を悩ませていた問題を解決したのは、料理の基本となる「水」だった。

——メキシコ生活で印象に残っていることはなんですか。

メキシコ人には道を聞いてはいけない、ということですね。驚くほどみんな逆の方向を差すんです。わからなくても、「わかんないんです」と言わないで、絶対答えてくれる…それが人の良さなのかもしれませんけれども、困りますよね笑

仕事では、メキシコ人は数字に弱いです。棚卸しの数勘定が全然ダメで、100あるのに0って書いたりすることもザラで、叱っても治らないんですよ…9年厨房で働いて、どこもそうだったので、国民性なんでしょうね。

——うーん…数えていないんですかね?

多分そうですね…3回行かせてもどれも全然違うので…。メキシコの七不思議です笑

——メキシコでの苦労は他にはどんなことがありますか?

はじめはさっきも言ったように、ご飯がちゃんと炊けないことだったんですが、1年前に硬水を軟水に変えたら、全てがうまくいったんです。「あ、これか。」って。出汁も本当に美味しくひけるようになりました。なんでもっと早く気づかなかったんだろうって…悔しかったですね。カツオも選べないし、昆布も選ぶほどないので、そのせいだと諦めていたんですが、改めて「料理にとっての水」という基本に気づかされました。今は入ってきたお客様に「だしのいい匂い!」と、言ってもらうこともありますね。

メキシコから世界へ。職人としての「こだわり」と「野望」

——今後の展望を教えてください。

ゆくゆくは他の国に行きたいとも思っています。どこになるかはわかりませんが、メキシコ拠点のレストランとして、他の国でもやっていけるのかに挑戦したいです。あとはいつか、自分が本当にやりたいものだけを出すお店をやりたい。小さくて、カウンターだけの割烹。メニューもなくて、自分がその日美味しいと思った食材だけを使ったお店です。できれば日本以外がいい。日本の外に出てみて始めて、日本の食文化の素晴らしさに気づかされました。もっとリアルな日本食を世界に伝えたいという思いがあります。

——先ほどメキシコシティーの日本食を変えたい、という思いを伺ったように、発信したいというお気持ちが強いのですね。

そうですね。メキシコシティーも、美食の街、と言われるスペインのサン・セバスティアンみたいに、店同士のつながりを強くして情報共有をすることで、もっとレベルが上がっていくのかな、と思っています。最近はそのために。今少しずつコンタクトを取り始めています。

——マニュアル化を進めて、店舗展開などの事業拡大をしていくよりは、もっと「職人」としてこだわってやっていきたい、という思いがあるのでしょうか。

そうですね、料理人ならばそうしたい方がほとんどだと思います。ただ、さっき話した割烹屋になると、それはもう趣味の領域ですね。利益とかビジネスの話は、入ってきてほしくないというか…そんな、こだわりだけをつめたお店を持つことには憧れます。

——売れる歌より自分の作りたい歌を作るミュージシャンみたいな…

そうかもしれません。以前は、店を大きくしていくことって興味がなかったんですが、どうやったら売れるのかを考えることも、非常におもしろみがあると考えるようになりました。美味しくて、目新しさのあるお店でないと、食いついてもらえないですからね。ジレンマのようでもありますが、夢である「割烹屋」を開くには、今の店を大きくして繁盛させ、余裕を持つことが不可欠ですので、そういう意味でも、より大きな店にしたいという風に最近は思っています。

メキシコ人にも愛される日本食を

——メキシコ人は保守的だと思うが、日本食って受け入れられているのでしょうか。

僕も受けないと思っていたんです。この高菜納豆とかも、メキシコ人に「納豆経験」をしてもらうためにメニューにしていたんですが、意外とぺろっと食べてくれて、気に入った方は必ずリピートしてくれます。鯵のなめろうを作っているところを見たお客さんが興味を持ってくれて、食べると美味しい!と食べてくれますし…

——お金持ちのステータスやブームとして、日本食が楽しまれているという部分はないんでしょうか。

そうですね…でも納豆食べたらかっこいい、っていうことはないですからね笑 

もしかしたら、メキシコ人が変わってきたんじゃないのかなって。この店はそんなに高くないし、来ることのステータスがあるわけではないと思いますので、本当に食べたくて来てくださっていると思いますよ。

一応、メニューにはメキシコ人に受けそうなものをすごく考えて入れています。例えばさっきの鯵のなめろう、メキシコ人には馴染みがないですが、絶対好きだって確信していたんです。魚自体に味が付いているし、細かくなっているから食べやすくて受け入れられるんじゃないか、と。

——メキシコをアピールしてもらえますか?

まず料理人として、タコスはとてもおいしいですということですね笑 日本人が思っているほど単色じゃない。トルティージャにも中身の具にも、サルサにもたくさんの種類があって、組み合わせ次第で無限の味が楽しめる、非常にバラエティに富んだ料理だと思っています。タコスを食べるだけでもメキシコに来る価値がありますよ。

あと、メキシコには実は日本料理に向いている食材がたくさんあるので、発掘していく醍醐味という点でも、将来性があると思っていますね。

IZAKAYA KURA FBページ

関連記事

【インタビュー】挑戦し続ける料理人、前田大輔のメキシコでの奮闘生活【インタビュー】メキシコでパンとケーキのお店を展開する日本人女性経営
1/1
お気に入り

特集

amigaピックアップ