人並みはずれたバイタリティーをもつ丸田さんが虜になった、メキシコ伝統舞踊の魅力とは

初めて行ったメキシコで、まだ見ぬ世界に出会った。やりたいこと、見たいもの全てに、人並みならぬ熱意を持って働きかけてきた丸田理乃さん。日本とメキシコの学生交流団体の設立と、日本文化の発信活動、そしてメキシコの伝統舞踊に魅せられた留学生活、さらには将来についても、聞いてみました。

初めて行ったメキシコに魅せられ、学生交流団体JAMを設立。

——メキシコに行かれるまでは、どのようなことをされていたのですか?

高校まではクラブ活動や生徒会活動に励んだり、習い事に入ったりといたって普通の学生生活を送っていました。海外旅行には家族で行ったり、そろばんの大会でアメリカへ、「長野県総理大臣育成プロジェクト」でフィンランドやスウェーデンに行ったりしました。大学入学後は、勉学と両立して茶道をしたり、旅行に入ったりしていました。国際交流プログラムや世界会議に積極的に参加していました。しかし、大学入るまでは中南米に単身で行く、ということは考えたことがなかったです。

——中・高校生時代から手広くいろいろなことをされていたのですね。海外志向はあったということですが、メキシコへはどういうきっかけで?

大学2年生のときに参加した内閣府のプログラムで、メキシコに派遣されました。そこで初めて見たメキシコが、想像していたのとあまりにイメージが違って、もっと知りたいと思いました。その後、プログラムで知り合った中南米の友人に会いに1ヶ月半、メキシコ、コスタリカ、チリ、ペルーを回り、またメキシコへ戻ってきました。そのときもものすごく楽しくて。1週間という短い滞在期間だったのですが、日本の人にもっとメキシコのことを知ってもらいたいと思ったのです。

——スペイン語はできなかったのですよね、ご友人と一緒とはいえ全て英語でこれだけの国を回るのは、相当の度胸が必要だと思います。

当時はスペイン語ができなかったので、もどかしさを感じました。友達はみんな、英語で話してくれいたのですが、やはり何かが足りないと。自分の知らない文化はまだまだたくさんあるなと感じました。当時は、日本とメキシコ間の学生の交流が進んでなかったので、帰国して間もなく、メキシコと日本の学生交流団体を自分で立ち上げました。Japan and MexicoでJAMという団体です。メンバー集めから始め、月に1度のメキシコについての講演会と、年に一度の渡航を目標に掲げました。

——この団体で、メキシコ研究の第一人者の方など、かなりビッグネームの方をゲストに講演会を実現されています。ネームバリューのないところからの渉外はどのようなものだったのでしょうか。

当時はとにかく右も左も分からないところから、片っぱしから連絡を取り、一から出向いてお願いをしに行って…熱意だけで動いていました。断られることも当然ありましたが、受けてくださった方は親身にこちらの話を聞いてくださいました。講演会ではJICAやJETROの方や、メキシコの著名な研究者の方がゲストとしてご協力下さいました。そして最終的な目標であった、メキシコの魅力を多くの人に伝える活動には、国際交流基金などのご協賛を頂き、日本人学生メンバーがメキシコへ向かいました。メキシコの高校で折り紙やソーラン節、大学ではサルサなどで現地学生と文化交流をしたり、現地の有名なテレビ局・テレビサを訪問したり、ホームステイをしたり、有意義なメキシコ体験をすることができたと思っています。また、このような活動を行いたいと考えています。

——これだけ中身が充実した企画だったら、ぜひ参加したいですね。今なら2年前より希望者も多いかもしれません。

華やかなメキシコ伝統舞踊のリズムと衣装に一目惚れ。

——留学中はこれまでの活動とは一転、メキシコの伝統舞踊に没頭されていたとか。

大学4年生の夏から、国費交換留学生としてメキシコに1年間留学しました。確かに、この1年の間はメキシコの伝統舞踊に魅了され、ずっと踊っていました。始めは、メキシコ国立自治大学のスペイン語学学校セペ(CEPE)のクラスで「サルサダンス」を踊っていたのですが、「伝統舞踊」の発表を見たときに、その華やかな衣装や楽しげなリズムの虜になりました。次の学期から伝統舞踊のクラスに入り、可愛いメキシコの民族衣装を着ながら練習に励みました。

——なるほど…ただ、CEPEのダンスの授業は週に5日、毎日2時間とハードですよね。1年間のめりこみ続けられたのは、どうしてですか。

CEPEのダンスの先生には、1年を通してとてもよくしていただいて、いろんなチャンスをくださいました。メキシコ人のダンスパートナーに、ダンスやスペイン語など、たくさんのことを教えてもらえたこともとても大きかったです。

一番印象深い思い出は、4月頃先生に頼まれて、高校で開催された国際舞踏デーのイベントで「ハラべ・ミステコ」(Jarabe Mixteco)という4分半の演目を披露したこと。ずっとジャンプしている振り付けで練習も大変でしたが、パートナーと2人で200人の観衆を前で踊ったことは、やはり留学生活のひとつの集大成でしたね。伝統舞踊に出会うまでは、自分がこんなに没頭するとは思っていませんでした。幼少のころから、音楽に触れて育ってきたので、もちろんサルサを踊るのも大好きで、音楽が流れればいつもリズムに乗って踊りたくなります。笑

——同じ趣味を持つ仲間と、応援してくれる先生がいることは心強いですよね。伝統舞踊は、地域によって衣装も音楽も多様性があって、どれも魅力的です。他にはどんな活動をされていましたか?

伝統舞踊の他には、日本文化を紹介する場や、在メキシコ日本人の交流の場に足を運ぶようにしていました。日本人のコミュニティーは大きくて、今でもとてもお世話になっています。多方面で活躍されている方が多く、学ぶことがとても多いです。他にもベラクルス州での日墨交流イベント企画の中で茶道などの日本文化の紹介をしたり、ソーラン節を教えたりもしましたね。そんな風に過ごしていたら、本当にあっという間の1年間でした。

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