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メキシコの地で、新たな業界へ不屈の挑戦~すき家 遠藤博~

定年退職後、数奇な運命により再びメキシコの第一線で現地法人社長として活躍している遠藤社長の半生をお伺いしました。

初めて日本を越え、降り立った地は「メキシコ」

―まずは経歴からお願い致します。

出身は長野県の安曇野です。山に囲まれた盆地で高校を卒業するまでそこで過ごしました。小さい頃からいつかはこの山を越えよう、長野県、日本を越えようという気持ちは抱いていましたね。

そして大学進学と同時に長野を出ました。大学時代の専攻はスペイン語でしたが、メキシコに初めて来たのは、大学4年時に参加した日墨交換留学のプログラムを利用した1976年でした。日本を出た経験もその時が初めてでした。交換留学は1年のプログラムですが、自分でもう1年延ばし合計2年滞在しました。

前職時代駐在先は4ヵ国にのぼった。

帰国後卒業し、語学力を活かせる環境を探し、東芝に入社しました。

東芝時代、最初の海外赴任はパナマです。1992年からパナマに3年間、1995年そこからアルゼンチンに移り5年、2000年に1度日本に戻り、2003年からロシアに5年駐在しました。2008年日本に戻り10ヶ月ほど経った後メキシコに赴任しました。駐在先は合計4か国です。出張ベースでマイアミに10ヶ月程いた事もあるので、東芝時代は半分以上は海外で過ごしたことになります。

メキシコに5年駐在したところで定年の歳になり、2013年に帰国し翌年1月に退職しました。

退職後、数奇な運命によりメキシコで現地法人社長となる。

退職後もまだまだ体も元気だったことや海外への思いもあり、職を探していたんですが、

たまたま退職後の3月に自分の中では卒業旅行のような気持ちでメキシコを訪れた時、

とあるレストランで偶然前任のZENSHO MEXICOの社長さんにお会いしたんです。前から知り合いだったこともあり、近況などを話させてもらいました。それから帰国して2ヶ月ほど経った頃、彼から、その気があるなら自分の後任に推しても良い、というお誘いをいただき、ZENSHOに現在お世話になっているという経緯ですね。人生の巡り合わせの妙を感じています。

異業種で悪戦苦闘の日々。メキシコでは信頼関係づくりが「鍵」

―電気メーカーの東芝から異業種の飲食業界に飛びこんだんですね。大変だったこともあったんじゃないでしょうか

今でも大変ですよ(笑)、全くの異業種ですからね。

入社後の2ヶ月間の研修で現場の接客、工場、物流センターなどを周り、そこからはこちらでもう実践という形でした。もちろん2ヶ月間ですべてが把握できるわけではないので、日々新たな挑戦を繰り返しています。

―メキシコで働くうえで苦労された点はありますか。

なんて言うかメキシコ人はストレートにものを言わない人が多いですね。

分からなくてもNOとは言わないんですよ。例えば通りで道を聞いても、知らないという人はまずいないです。その結果あっち行ったりこっち行ったりって、という事になります。

仕事でもNOとは言わないので、指示を出して本当に理解してくれているのかを確認して、あ、やってくれているんだなと確信が持てるようになるまでが大変ですね。そこまでトレーニングするのも大変ですし。人間ってなかなか変わるものでもないし、1対1でどれだけ信頼関係が作れるかが重要じゃないかと思います。上司と部下としてではなく、1人の人間同士として。そういうレベルで信頼関係を築けなければ、何かを頼むことも出来ませんね。

―中でも1番大変だったことはなんでしょうか?

東芝時代の話なんですけど、当時1番信頼していた部下がいたんですよ。そのころ事業がうまくいってない頃で私は再建のために派遣されたんですが、人もいないわ、お金もないわという苦しい状況で、共に立て直しのために頑張ってた仲間で、プライベートでもパーティーに招待してくれたりする関係でした。今でもたまに集まったり飲んだりしています。

彼がある時お金を貸してくれと言って来たんです。

理由は奥さんと離婚してお金が必要になった、給料を前借することも出来ないということでした。何とか助けてくれないかと頼まれ、彼の給料の半分位を貸すことにしたんですよ。

その1年後彼は東芝を辞めました。お金はある時に返してくれればいい、と特に催促はしなかったんですが、結局今になってもお金は返って来ていません。(笑)

今でも会ったらハグをしたり思い出話もするんですよ。お金のことを忘れてはいないと思いますが、私が何も言わないのでもらったと思っているのかも知れませんね。信頼していた人間だっただけに、個人的にはすごくショックでしたね。

仕事で困ったことはたくさんありますね。なかなか約束は守ってもらえないし、頼んだ積りのものがオーダーされていなくてお客さんに怒られるなんていうのはしょっちゅうでしたね。お客さんからの要望が我々にきちんと伝わり、仕事をするっていう当たり前のことでもこっちでは難しかったりしますね。

その国の人とどううまくやっていくかが重要だと思います。

メキシコ文化、スペイン語を身につけることはメキシコに進出する上で手助けとなる。

―日経企業が現在すごい勢いでメキシコに進出してきている点についてはどうお考えですか。

この状況は我が社にとっても大きな追い風です。日系企業が増えて駐在員が増えれば、我が社がやっている牛丼、ラーメン、カレーなどの需要も高まりますでしょうし。

―今後メキシコ進出を考えてる方に何かアドバイスはありますか。

やっぱりスペイン語ですね。これはマストだと思います。メキシコで働きたいと言う方はベースとして取り組んでいるとは思いますが。とにかく英語は通じませんからね。メキシコ人相手に仕事をする上ではやはりスペイン語は必須です。

もう一つ言うとしたら、日本の基準で考えないことですね。こっちにはこっちの考え方、時間がありますから。こっちのやり方をリスペクトして受け入れることが大事だと思います。

日本に本社がある場合、日本のスタイルも求められますから、その間に立ってどう折り合いをつけて行くかっていうのは難しいところですね。メキシコの人に対して上から目線ではなく、対等の目線で仕事をし、かつ本社も満足させなければいけませんから。

何があってもパニックにならないことです。こっちでは思い通りにいかないことが殆どですから、初めからその積りで。うまく行かないからと言って諦めたり投げ出したり怒ったりせず、自分の気持ちも相手との関係もコントロールする必要があります。

―今後挑戦したいことは何ですか?

仕事の面では今が正にチャレンジだと思っています。これまでと全く違う仕事ですし、会社の目標もあるのでそれをどう達成して行くかというかということを考えています。

プライベートでは強いて言うなら、学生時代スペイン語劇、高校の時落研だったこともあり人前で何か演じるというのが好きなので、自分で演出して舞台を作ってみたいという気持ちがありますね。でもまあ実際の所、今が人生の第3幕を演じているのかな、と自分では感じている所です。

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